我が家の平和な日常が崩れたのは、ある火曜日の朝でした。いつものようにトイレに入ると、足元のマットがぐっしょりと水分を含んでいることに気づいたのです。最初は、子供が水をこぼしたのか、あるいは掃除のときの拭き残しかと軽く考えていました。しかし、マットをどかして床を拭き取った三十分後、再びそこには薄い水の膜が張っていました。このとき、私は背筋が凍るような感覚を覚えました。築十年、そろそろガタが来る頃だとは聞いていましたが、まさか自分の家のトイレで水漏れが起きるなんて、どこか他人事のように考えていたのです。慌てて懐中電灯を持ち出し、便器の裏側やタンクの下を覗き込みましたが、どこにも水が流れたような跡はありません。給水管も乾いているし、タンクの表面にも水滴はついていません。それなのに、床と便器の継ぎ目から、じわり、じわりと透明な水が湧き出しているのです。インターネットで「トイレ 床 水漏れ」と検索すると、そこには恐ろしい言葉が並んでいました。排水管の破裂、床下の腐食、修理代数十万円。私はパニックになり、目についた水道修理業者に片っ端から電話をかけました。ようやく繋がった業者さんは、夕方なら見に行けると言ってくれました。それまでの数時間、私は何度もトイレを覗き込み、漏れ出した水を拭き取り続けました。まるで沈みゆく船の水をかき出すような、絶望的な気分でした。夕方、やってきた職人さんは、手際よく便器の周りを観察し、ある一言を口にしました。「これ、便器そのものにヒビが入っていますよ」と。驚いて言われた場所を見ると、便器の側面、ちょうど目立たない低い位置に、髪の毛ほどの細い亀裂が入っていました。どうやら、以前私がトイレ掃除の際に、重い陶器製の芳香剤をぶつけてしまったときの傷が、冬の寒さによる温度差で広がってしまったようなのです。床の濡れは、そのヒビから滲み出した水が、便器の表面を伝って下に溜まったものでした。結局、便器そのものを交換することになりましたが、職人さんが「早めに気づいてよかった。床下に漏れるタイプだったら、もっと大変なことになっていたよ」と言ってくれたのが、唯一の救いでした。今回の件で痛感したのは、住設機器は永遠ではないということ、そして「いつもと違う」という直感は、必ず何かのサインであるということです。それ以来、私は毎日の掃除の際、感謝を込めて便器を隅々まで磨き、小さな異変も見逃さないよう目を光らせています。